大西 慎也氏>19歳で借金1億円。父への反抗心バネに目指すは兵庫No.1

飲食事業の失敗で父親が作った1億円の借金を19歳で背負うことになった大西氏。「いつか父を見返してやる」という気持ちをバネに、事業を大きくしていった。今兵庫県内で34店のラーメン店、お好み焼き店を展開し、さらなる成長を見据える。

飲食業界に憧れ 父の背中を追うも

兵庫県の播州エリアで最盛期に11店の喫茶店、居酒屋を展開し、実業家として名を馳せていた父の姿を見て、飲食業界にあこがれた大西氏。高校を中退し、父の営む居酒屋で店長として修業しながら、いつかは自分で和食の店を開きたい、と将来像を描いていた。19歳の時、そんな夢が無残にも打ち砕かれる。バブル経済の崩壊で父の事業が行き詰まり、かさんだ借金の連帯保証人になっていたのだ。その額1億円。 「何度も逃げ出したいと思いましたが、父が『どこへ行っても借金はついてくるぞ』と。なんちゅう父親やと思いました。とにかく目の前のことを必死にやるしかありませんでした」 日銭を稼ごうと、父のアイデアで始めたのが居酒屋の駐車場で始めたラーメン屋台。1人で切り盛りできるよう厨房を取り囲むようにカウンターを八角形にした。ユニークな屋台でおいしいラーメンを出す店として評判を呼び、瞬く間に屋台は5軒にまで増えたが、店を任せたスタッフが定着せず、借金はいっこうに減らない。 しっかりした店舗スタイルにすれば従業員も働きやすいだろうし客も呼べる。そう考えた大西氏は初めての大型店舗「八角播磨本店」を開店し、合わせて法人化。新たにお好み焼き店「うまいもん横丁」も始め、屋台店舗からの切り替えを図っていった。 だが、自身の成功体験から、時流に乗った店さえ作っていれば余計なことをしなくても客はやってくると考える父とは事業の方向性をめぐってことごとく対立した。大西氏が父の言い分を無視し、自分の思いを押し通していると、今度は知人をよこして「親父はすごい人やったんや。言うこと聞け」と大西氏に吹き込ませる始末。「ふざけんなよと思いましたが、この人たちを黙らせるにはとにかく結果を出すしかないと気持ちを奮い立たせました」

2度目の倒産危機で 経営に目覚める

店をどんどん増やしていつかは全国展開を、と野心をたぎらせていた大西氏のもとに、大手小売グループから岡山県に新しくできる複合商業施設に出店しないかとの打診が舞い込んできた。西日本一の大型施設との触れ込みでしかも初の県外出店。「ここで断ったら、全国に出るチャンスは二度とないかもしれない」意を決して誘いに乗った。ここぞとばかりに、ラーメン店のほかにたこ焼き、焼きそば、ハンバーガーの4業態で売上げを狙った。すぐに同グループから県内に新設する商業施設への出店も声がかかった。とんとん拍子の展開に心が躍った。 だが二店を開店して間もなく、リーマンショックが逆風となって吹き付ける。あっという間に客足が鈍って赤字を垂れ流すだけとなり、あえなく撤退。二店に投じた1億6千万円が水の泡となった。借入金の返済のめどが立たずいよいよ「倒産」の二文字が頭をよぎる中、大西氏は考えた。「今まで増やしてきた店はみな繁盛しているのに何でお金が残らへんのやろ」と。 それまで店の数字で把握していたのは売上ぐらいだった。まったく無頓着だった経営の数字に向き合ってみようと決算書を調べるところから始めた。しかし、利益や費用の項目に書いてある言葉がさっぱり理解できない。「店の裏で辞書を引きながら決算書とにらめっこしていました」過去の決算書を見比べるうちに赤字の原因が見えてきた。コスト管理がまったくできていなかったのだ。「例えば飲食業界では、食材の費用の割合と人件費の費用の割合についておおよその目安があるのですが、それを大きく上回っていました。向こうの言い値で買っていた父の代からの仕入先をすべて切り替え、スタッフのシフトも大幅に見直しました」 各店の店長を集め、会社の決算書を示して会社の現状を率直に伝えた。独立志向の強い店長たちに「料理を作る技術があっても経営力がなかったら店は繁盛せんぞ。一緒に経営の勉強していこう」と呼びかけた。借金の額も見せ、「これを5年できれいにする。返し終えたら、年3回ボーナスを出し、みんなで海外に社員旅行に行こう」とモチベーションを促した。店ごとの売上、利益の目標値を決めて達成すれば褒賞金を出し、店ごとに順位をつけ競争心もあおった。見る間に数字が改善し、わずか半年で全店の黒字を達成。V字回復を果たし、予定より前倒しで借金を返済することができた。

飽きさせないサービスで 集客を呼ぶ

一つの業態は10年で飽きられるから次の手を打たなあかん」そう話す父の言葉が引っかかっていたが「それなら10年以上愛される店にすればいい」と考え、顧客の心をとらえるサービスを次々に打ち出した。 八角の「八」にかけ、「8の付く日は餃子88円」、年に1回8月8日は「ラーメン以外のメニューは全て88円」など、矢継ぎ早に値打ち感の強いサービスを展開した。サービスを進化させることも忘れない。閑散期の10月、11月に集客する目的で始めたはずれくじなしの宝くじは、2年目以降はデザインを本物の宝くじに似せることで来店率が大幅に上向いた。「どうすればお客さんに喜んでもらえるか、どうしたらもっと店に来てもらえるか常に考えています」八角に行けば何か得する、という意識を顧客に植え付け、それが更なるリピートにつながっている。 岡山県への出店での手痛い失敗で、足下をしっかり固める大切さに気づいた大西氏。「地域ごとに文化や風土は異なります。地域性を大事にしていかなければ地元の人に愛される店づくりはできません」姫路の商工団体の依頼を受けて開発した「姫路らーめん」では姫路特産の生姜と醤油を用い、姫路城をかたどった海苔を添え、人気メニューの一つに育った。現在は「らーめん八角」「うまいもん横丁」「ぱっぱ屋」「たこの壺」のブランドで兵庫県内に34店を展開する。

若者に飲食業で働く 夢を与えたい

事業の成長が軌道に乗りようやく父の呪縛からは開放されたものの、課題が尽きることはない。今最も頭を悩ませているのが人材確保の問題だ。従業員の定着を図るため、配偶者がいる場合2万円、子ども1人につきプラス5千円の家賃手当てをつけているほか、アルバイトについては、短期、短時間でも柔軟に受け入れている。ただ、気になっているのが若い人材の独立志向が以前と比べ薄れつつあることだ。 2017年1月には「若い人たちに飲食店で働くことの夢を持ってほしい」との思いから、自身の半生と飲食店経営のノウハウをまとめた「手作り屋台から生まれた“やりすぎ”飲食店経営」を出版した。「借金するのは怖いけど、初期投資で仮に4千万円借り入れたとしても、順調にいけば7年ほどで返せる。30歳で店を開けば37歳で完済し、44歳には4千万円を貯めることができる。しんどいけどがんばれば結果は付いてくるというメッセージを伝えたい」 そう話す大西氏自身の夢は「八角で育った人材の独立を支援し、一人でも多くの社長を輩出すること。そして、僕自身が彼らに出資して全員が八角グループとして大きくなっていくこと」だという。現在までに八角から巣立った人は8人で、全員が順調に店を続けているという。当面の目標は八角グループの店舗を県内に50店まで増やし、兵庫といえば八角と言ってもらえるようになることだ。 「父のことは恨むこともあったが、反骨精神があったからこそ成長し続けることができたのもまた事実」と大西氏。父が与えてくれた「考え抜く力」を強みに飲食業界の荒波を漕いでいこうとしている。

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