山本 久美氏>先代がまいた種、 みんなで咲かせる。

株式会社エスワイフード 代表取締役 山本 久美氏
「世界の山ちゃん」で知られる手羽先居酒屋の創業者、 山本重雄会長の急逝に伴い、あとを引き継いだのは妻の山本久美さん。 カリスマだった会長とは異なる久美さん流のやり方で、 社員の心に入り込んでいる。

手羽10人前何の予兆もなくその日はやってきた。2016年8月21日早朝、山ちゃんこと山本重雄会長は自宅で倒れそのまま帰らぬ人となった。病室で気が動転している久美さんに、「社長はあなたがやるしかない」と親しい取引先の人に悟された。会社のことより3人の子どもたちを守ることしか考えられず「できません」と答えた。葬儀が終わって数日後、今度は「会社に出てこなくてもいい。社員に報告をしっかりあげさせ、決済のハンコを押すだけ、 そんな形でもいいから社長をやって欲しい。」と言われた。 支柱を失った社員の求心力を保てるのは久美さん以外にいなかった。「役員に名を連ねていたとはいえ経営に携わっていなかった私に社長が務まるのか不安はありました。でも引き受ける以上、中途半端にかかわるのはいやでした」。子どもたちに説明し、社長職に全力を尽くす覚悟を決めた。9月に入り初めて経営幹部を集めた場で久美さんはこう呼びかけた。「私は経営の初心者。年を取った新入社員が入ってきたと思って一から教えてください。会長亡き後、今こそ皆さんの力が必要です。みんなで一緒に会社を作っていきましょう」

先代の人徳で築いた 土台をベースに

株式会社エスワイフード 代表取締役 山本 久美氏先代は「幻の手羽先」「世界の山ちゃん」などインパクトのあるキャッチフレーズと徹底した顧客指向を貫き、一代で国内外75まで店舗網を広げた。いいと思えるものは素直に真似をし、社員に対しては、ユニークであるとともに変化しながら人間力を磨き続ける大切さをかけて「立派な変人たれ!」と説いた。そんな重雄会長にあこがれて入社してきた社員も数多く、まさにカリスマだった。 強烈なリーダーの唐突な不在に反乱を警戒する向きもあったが杞憂に終わった。「社員はもちろんのこと取引先の方々も皆さん最大限協力しますと言ってくださって、だれ一人として素人の私を馬鹿にすることなく、よそ者扱いもしませんでした。あらためて会長の人徳を感じました」と目を潤ませながら語る。 就任後、半年間はあえて動かず、会社でどういうことが行われているのか、仕事がどう流れていくのか、人間関係はどうなのか、様子を見続けた。そのうえでまず着手したのが組織の見直しだ。これまで事務部門の企画、管理、総務、人事担当者はそれぞれ営業も担当していた。こうした全員営業体制をあらため、営業、企画、管理、総務、人事専任のチームを作り、それぞれに責任者を置いた。 「会長はどんどん意見やアイデアを出す人だったので、どうしても指示待ちの姿勢が染み付いていました。そうではなく各部門が自分たちで何をやっていくかについて戦略を考え、実行していける組織に変えていきたいと考えました」 もう一つ取り組んだのが給与体系の見直しだ。従来は数値的な成果を出してもそれが給与に反映されることはなかったという。「せっかくがんばっているのに評価されないのでは士気が下がる」と考え、目標管理制度を導入した。 こうした判断の良し悪しは自分だけではせず、周囲に相談し「間違っていないでしょうか」と確認し、各部門の責任者を巻き込みながらながら進めていったという。「まずはやってみて、失敗したら変えればいい」と言い聞かせ、社員にも伝えた。

カリスマではない 自分にできることを

毎月全社員を一堂に集めて開く総会がある。以前は店長または、店の責任者の出席だけであったが、社員全員参加を義務付けた。「まずは社員に自分の考えを知ってもらうことが大事。私が普段考えていること、業務の中で気付いたことを皆に伝えるようにしています。何より、どんな社員がいてどんな表情で仕事をしているのか見たいので」。世界の山ちゃん 千種駅前店キッズルーム今では150人の社員の名前を全て覚えた。ともすれば近づきがたい存在だった会長とは異なり「軽口も言い合える身近な話し相手でいたい」と自然体を貫く。 社内の雰囲気は着実に変化しつつある。マネージャーは率先して動き、現場からはさまざまなアイデアが以前にも増して出てくるようになった。例えば、東京のある店では芸術系の大学を出た店長の娘が手羽先のオブジェを次々に作品化して店に飾り話題を呼んでいる。店員がデザートメニューを首から下げてテーブルを回りその売り上げを競うデザート選手権を行っている店もあれば、ミニコンサートを開いている店もある。子育て中の主婦をターゲットに食事中に子どもを預けられる託児型のキッズルームを設けた店もある。このアイデアは久美さん自身によるものだ。 こうした取り組みも功を奏し既存店の売り上げ、利益も伸びているという。「会社に来られる方も、以前とは活気が違うとおっしゃってくださいます。会長がしっかりと種をまいてくれていたので、わたしは芽が出るようにしているだけ」。そしてこう加えた。「私が頼りなくてお世話かけっ子なので、社員たちも自分たちががんばらないとという危機感を持ってくれているんだと思います」。そんなことを率直に言えるところも久美さんの魅力なのだろう。

毎日が新しいことばかり、 その変化を楽しむ

世界の山ちゃん 梅田東通り店経営に関しては初心者だった久美さんだが、社長として組織を動かすバックボーンになっているのが、スポーツのチームマネジメントだという。中高大とバスケットボールを続け、中学生の時には全国優勝の経験を持つ久美さん。小学校教員時代には監督としてクラブチームを日本一に導いてもいる。「いかに一人ひとりの個性を見極め、適材適所に配置し、どうモチベーションを高めていくかを常に考えていました。それは会社でも共通する部分が多い」と話す。随所に周囲への感謝の言葉が出てくるのも、チームワークの大切さを知っているからに他ならない。 もう一つ、チームを率いる立場として心がけてきたことは「率先垂範」だという。「3人の子どもを持つ母親だからという言い訳はせず常に自分のできる限りの時間を会社に費やすように心がけています。それが代表としての務めですから」。限られた時間の中で、毎日朝食は一番早く出る人に合わせて6時すぎに必ず家族4人でとるようにし、授業参観など学校の行事があれば、ぎりぎりまで会社で働き、走って抜け出すこともあるという。 今、社員とともに一番の目標に置いていることは「リテーバー日本一になること」だ。リテーバーとは、手羽先を食べに来るリピーターのこと。「そのためにはさらに顧客指向を徹底していかないといけないし、まだまだ山ちゃんのことを知らない方のためにお店を増やしていかないと」。100店舗、100億円、100年企業という目標に向かって邁進している。 最後に就任当初と何が一番変わったのか尋ねてみた。「私って、仕事も会社も好きなんだなって。毎日が新しいことばかりで、自分も会社も変わっていくのが実感できて、もちろん大変なこともあるけれど楽しいんです」。久美さんもすっかり「立派な変人」だ。